# 客家人生活智慧:從鄉下到海外的苦日子與養生妙招
小時候在鄉下長大,家裡不富裕,但長輩總說:「窮有窮的活法,苦日子過得久了,連草藥都能變良方。」這句話不是誇張,是真實寫照。就像我們客家人,硬頸又節儉,在物資匱乏的年代,靠著一點鄉土智慧與生活經驗,把「活下去」變成了生活的藝術。
紫蘇葉:從田邊草變身神草藥
在我老家,田埂旁長滿了紫色的紫蘇葉。別人看是雜草,我阿嬤卻把它摘回家泡茶、煮湯,還拌飯吃。她說這種葉子能去濕解毒、舒緩經痛,甚至可以預防乳癌、肝癌。
後來才知道,日本人也很愛紫蘇,特別是他們的紫蘇梅壽司,不只開胃,更有抗氧化作用。從前阿婆因為戰爭因素只上到小學四年級就輟學,沒讀什麼書也不識字,但靠著幾十年的生活經驗,早就知道這些東西對身體有益。都市人花大錢買保健品,我們鄉下人直接拔田邊的葉子煮來吃,省錢又有效。
感冒、發炎不用看醫生?鄉下人的民間療法
以前在鄉下,醫療資源有限,看個感冒可能要走一兩個小時山路才到診所。為了省錢、省時,我們家有一套「祖傳療法」。
喉嚨痛的時候,阿公會拿出黑色的沙士汽水,加上一小撮鹽巴,叫我們漱口。雖然聽起來很奇怪,但那微微刺痛的感覺,還真讓喉嚨舒服不少。後來學營養學的堂妹說,沙士裡的草本精華本就有消炎作用,配上鹽巴殺菌,其實有點科學根據。
皮膚過敏呢?用什麼高級乳液?不,我們是用鹽水洗澡。大鍋水煮滾後加幾大把鹽,再混冷水洗澡,不只止癢,還能讓皮膚消炎退紅。這些方法在當時不是奢侈的選擇,而是唯一的選擇。
鄉下的飲食智慧:麻糬、茶泡飯、生蛋拌飯
都市人現在瘋什麼「日式生活」、「簡單養生」,我們早在幾十年前就這樣過日子了。糯米麻糬,是以前過年或拜拜後才有的甜點,平時捨不得吃。但吃了它能補充熱量,抗飢餓,是農忙時期的最佳點心。茶泡飯更是我們常見的簡餐,白飯上沖熱茶,再撒點梅乾或醬菜,清爽又省食材。最省事的,莫過於「生雞蛋拌飯」——把生蛋打在熱呼呼的白飯上,加點醬油快速攪拌,就是一餐。
這些飲食習慣後來被日本人發揚光大,在他們眼中是傳統風味、鄉愁料理;而對我們來說,這是生活的必然。
日本影響下的衛浴文化:乾濕分離的潔癖美學
我們家洗手間與浴室是分開的,這在台灣鄉下並不常見,但卻沿用了日本的衛生觀念。日本人對於「廁所」這個地方特別講究,他們認為那是污染源,若與洗澡的地方混在一起,不但不衛生,也很難打掃。
阿嬤說這習慣是戰後日治時代留下來的,雖然當時生活苦,但日本人的某些講究還是值得學。像這樣的衛浴分離觀念,現在反而成了高級建案主打的設計特色。
日本的苦難時代:從「阿信」到全球移民潮
說到吃苦,就不能不提日本自己曾經的日子。明治時代後,為了現代化發展,社會動盪、農民生活困苦,正如日劇《阿信》所描述的一樣,很多日本平民一生只能忍耐與拚命。
那時候,成千上萬的日本人為了生計,被迫離開家鄉,遠赴巴西、東南亞、美國等地開墾、打工。台灣人對這樣的故事也不陌生,我們曾是被殖民的土地,許多長輩提過,那年代台灣人吃地瓜過活,白米則必須上繳給日本軍隊作為軍糧。
那些年,台灣人都是窮人
記得我小時候,吃一碗白米飯是一種奢侈。大多時候是地瓜飯,混一點白米提提味而已。鄰居家種了幾棵香蕉、番薯葉,這些就是生活裡的寶藏。靠著自己種、自己煮,我們不只養活了一家人,也撐過了物資匱乏的年代。現在回想,雖然日子清苦,但那份自給自足的能力、那種「不靠誰也能活」的底氣,才是我們這一代鄉下孩子最大的資產。
從草根走向世界:生活智慧的傳承與變形
今天,當都市人花錢去買紫蘇葉、喝鹽水保養喉嚨、用鹽洗澡排毒時,我們老家的這些「窮人智慧」突然變得時髦起來。有時我也會笑:這不就是我阿婆做了一輩子的事嗎?但笑歸笑,我內心很感謝那些年過得苦、吃得簡單的日子。因為正是這些日子,讓我知道——健康不是靠錢堆出來的,而是靠智慧與堅持活出來的。
客家農村也許沒什麼資源,但我們有自己的文化記憶、有祖先留下的生活方法。在這樣的基礎上成長的人,也許身上沒穿名牌、手上沒拿LV,但卻有一種任誰也拿不走的底氣與生命韌性。
客家人の生活の知恵:田舎から海外へ──苦しい日々と健康を守る知恵
子どもの頃、田舎で育った私は、決して裕福ではない家庭で過ごしました。
でも祖父母はよく言っていました。「貧乏には貧乏な生き方がある。長く苦しい日々を乗り越えれば、雑草だって薬になる」と。
それは誇張ではなく、私たち客家人の実際の姿でした。
頑固で倹約家な私たちは、物資の乏しい時代を、ほんの少しの知恵と経験で乗り越えてきたのです。
「生きること」を、まるで芸術のように。
シソの葉──田んぼの雑草が万能薬に
私の故郷では、田んぼのあぜ道に紫色のシソの葉がたくさん生えていました。
他の人にとってはただの雑草でも、祖母はそれを摘んで帰り、お茶にしたり、スープに入れたり、ご飯に混ぜたりしていました。
「これで湿気を取って毒素を出せる。生理痛にも効くし、乳がんや肝がんの予防にもなる」と祖母は言っていました。
後に知ったのですが、日本でもシソはとても人気で、特にシソ梅寿司などは食欲をそそるだけでなく、抗酸化作用もあるのだとか。
祖母は、戦時中に小学校4年生で中退し、ほとんど文字も読めない人でしたが、何十年もの生活の中で、体に良いものを自然と知っていたのです。
今の都会の人たちは、高価なサプリメントに頼りがちですが、私たち田舎の人は、あぜ道の葉っぱを摘んで食べる。
それが一番経済的で、意外と効果も抜群なんです。
風邪や炎症も病院いらず?田舎ならではの民間療法
昔は田舎に病院なんてほとんどなくて、風邪をひいても診療所まで山道を1〜2時間歩くのが当たり前でした。
だから私たちの家には、代々受け継がれる「家庭療法」があったのです。
喉が痛い時は、祖父が黒い「サーサー(Sarsaparilla)」という炭酸飲料に塩を少し入れてうがいさせました。
ちょっと変わった方法ですが、ピリピリした感じが喉に効いて、痛みが和らぎました。
後に栄養学を学んだ従姉が言うには、サーサーにはもともとハーブ成分が含まれていて、塩には殺菌作用があるので、理にかなっていたそうです。
皮膚がかぶれたりした時も、高級なローションなんて使いません。
大鍋に塩をたっぷり入れてお湯を沸かし、それに冷水を混ぜて体を洗う。それだけでかゆみも収まり、炎症も引いていきました。
当時の私たちにとって、それが「選択肢」ではなく「唯一の方法」だったのです。
田舎の食の知恵:餅、茶漬け、生卵ご飯
今では「和風のシンプルライフ」や「健康志向の食事」が流行していますが、私たちは何十年も前から、そうした生活を当たり前にしてきました。
餅(もち米のお菓子)は、正月や祭りの後だけ食べられる貴重なおやつでした。
でも、体力を補うのに最適で、農作業の合間にはぴったりのエネルギーフードでした。
お茶漬けも日常の簡単な食事。
ご飯に熱いお茶を注ぎ、梅干しや漬物を少しのせるだけで、さっぱりしていて食材も節約できます。
最も手軽だったのは、「生卵ご飯」。
炊きたての白ご飯に生卵を割って、醤油を少し垂らしてかき混ぜれば、それだけで一食になりました。
こうした食文化は後に日本で「懐かしの味」として再評価されましたが、
私たちにとっては、生きるための知恵でした。
日本の影響を受けた風呂・トイレ文化:分離型の清潔美学
我が家のトイレと浴室は別々でした。
台湾の田舎では珍しいことですが、これは日本の衛生観念を受け継いだものでした。
日本人は「トイレ」を汚染源と捉え、浴室とは絶対に一緒にしません。
そうでないと不衛生だし、掃除も大変になるからです。
祖母によると、これは日本統治時代の名残りとのこと。
当時は生活が苦しかったけれど、日本人のこうした清潔に対するこだわりは学ぶ価値があったと話していました。
今では「浴室とトイレの分離」は、高級住宅の売り文句にもなっていますが、
私たちはもう何十年も前からそれを実践していたのです。
日本の苦しい時代:ドラマ『おしん』から世界への移民まで
「苦労」といえば、日本自身の歴史も語らずにはいられません。
明治維新以降、近代化に伴い、農民たちの生活は不安定になり、
NHKドラマ『おしん』のように、一生を耐え忍び、努力だけで生き抜いた人々がたくさんいました。
当時、多くの日本人が生計のために海外へ移住しました。
ブラジル、東南アジア、アメリカなどへ渡って、開拓や出稼ぎをしたのです。
台湾でも似たような歴史があります。
植民地時代、多くの台湾人が白米を徴収され、軍用食糧として日本に送られ、
自分たちはサツマイモで命をつないでいました。
あの頃、台湾人はみんな貧しかった
私の子ども時代、白米を一杯食べるなんて贅沢でした。
普段はサツマイモご飯に、少しだけ白米を混ぜて風味を出すくらい。
近所の家にはバナナや空芯菜(サツマイモの葉)が植えられていて、
それが私たちの「宝物」でした。
自分で育てて、自分で調理して、家族を養う。
それが当たり前で、物資が不足していた時代を、そうやって乗り越えてきたのです。
今思えば、確かに生活は苦しかったけれど、
「誰にも頼らずに生き抜く力」が私たちの最大の財産でした。
草の根から世界へ:受け継がれる生活の知恵
今日では、都会の人がシソの葉を買い、塩水でうがいをし、塩風呂でデトックスをしている。
そんな姿を見ると、私はちょっと笑ってしまいます。
「それ、うちの祖母が一生やってきたことだよ」と。
でも、笑いながらも心の中では、あの貧しいけれど力強い日々に感謝しています。
健康はお金で買うものではなく、知恵と続ける力で築かれるものだから。
客家の田舎には、豊かな資源はないかもしれません。
でも、私たちには祖先からの記憶と、生活の方法があります。
そうした土台の上で育った私たちは、
ブランド品を身につけていなくても、誰にも奪われない自信と、しなやかな生命力を持っているのです。

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